2024-02-06 京極夏彦「絡新婦の理」

火曜日。4:30起床。昨日とまったく同じ時間に起きる。
22:00前には床についているから、本当に昨日と同じだ。早起きも難しいが、寝る時間を遅くするのも難しい。起きると雪は既に止んでいて、結局そこまでは積もらなかった。積もった雪も午後から降り出した雨であっという間に溶けてしまった。威勢よく始めて一気に貯蓄額を増やしたが、キャッシュショートの月が続いてその分の資産をあっという間に売却してしまった状況に似ている。

今日もひどくぼんやりとした1日で終わってしまった。特に仕事はしていない。EJ案件の原稿と素材がこないので、クライアントワークが無いのだ。流石にこれではマズいので、明日は無理やりにでも机に向かわなければならない。とりあえず3DCGの学習をまったく出来ていないので、そこから始めよう。

思惑どおり、午前中のうちに京極夏彦「絡新婦の理」を読み終わった。もちろん再読だが、今回もまるで初めて読んだのかってぐらい大枠の話以外はほとんど忘れていて、感動も気づきも多い読書体験になった。

京極夏彦「絡新婦の理」

前作の「鉄鼠の檻」が場面をギュッと縮めて、そこから作り込まれたシーンの連続で紡ぐクローズド・サークルものだとすれば、今作はいわゆる暗黒小説・ノワールといった趣のミステリーだろう。場面展開は大きく、多岐に渡るが、終始漂う不穏でダークな香りがする小説。

テーマはフェミニズム、西洋宗教、売買春だが、京極堂シリーズでは珍しく、そこまでうんちくを得られるわけでもなく、知るのではなく「分かる」事が主題になっているだろう。
東京の四谷で発生する呉服屋の若女将が目を潰され殺されるところから物語は始まるが、明らかに殺されていて、どうやら犯人も既に全国手配されている連続目潰し魔の仕業らしいのに、なぜか現場は密室であるというところからスタートし、そこから千葉の房総半島を舞台に殺人事件が次々と発生していく。
いつものメンバーが同時多発的に事件に巻き込まれ、最後に1本に集約していくという「魍魎の匣」の展開をさらに広げたようなストーリー展開がやっぱり楽しく時間を忘れるほど面白い。

語り部のひとりに女子高パートでの呉美由紀を添えているのが秀逸で、女子高生の目から見た事件関係者への視点、京極堂シリーズメンバーがどのような人間に見えるかの視点がとてもおもしろい。相当深刻で陰惨な事件が起こっているはずだが、その暗さよりも、彼女の怒りや彼女の視点からの人々の滑稽さが際立つため、純粋に物語として楽しむ事ができるようになっている。
これは大きな発見だろう。以前、読んだときには気が付かなかったところだ。

この小説、ノベルスで800ページ超と大長編なのだが、やはりクライマックスの秀逸さは京極堂シリーズでも随一と言える。最後の織作家での京極堂の長口上から、織作葵の「それでも私は女ですー」の一言の感動。なるほど、この一言を紡ぐためにこんな凄い小説を書いたのかと納得させられてしまった。
今回、メインの織作一家をももクロメンバーをイメージして読んだのが、これがピタリとハマって、ああこの役を詩織ちゃんがやってくれたら最高なんだけどな、、、と別の印象が生まれた。茜はまさに夏菜子ちゃんだし、葵はまさに詩織ちゃんだし、碧の魅惑的な印象は10年前のあーりんなのだ。

しかしそれでは終わらず、最後の最後に姿を表す織作五百子の登場はまさに恐怖である。暗黒そのものであり、ある意味ホラー小説だ。人間はここまで残酷になれるものかと、読み手は京極堂と絶望感を共にする仕掛け。
ちなみに、物語が始まってすぐに明示されるのでネタバレでも無いのだが、メイントリックというか、真犯人の犯行の構造は同時期に発表された森博嗣の「有限と微小のパン」と同様のものだ。同時期にデビューした2人の「ミステリー小説をまったく別の時限の表現に引き上げた天才」がまったく同じテーマの小説を書こうとした。こんな偶然あるだろうか?
はたまた、それこそが蜘蛛による理だったのかもしれない。